最近、「価値観」という言葉について考えることがあります。
誰かと一緒に働いたり、時間を共にしたりすると、必ず一度はこの言葉が出てきます。
価値観とは、生まれ育った環境や経験によって自然と形作られるもの。
だからこそ、人それぞれ違って当たり前です。
本来は、その違いをどうすり合わせていくか、どう理解し合うかを話し合うための言葉のはずでした。
けれど現実では、
「価値観が違うから仕方ないよね」
この一言で、話し合いが終わってしまう場面をよく目にします。
それはどこか、少しずるい言葉にも感じます。
向き合うことをやめる理由として使われてしまうからです。
一方が我慢し続ける関係も違う。
だからといって、すべてを合わせる必要もない。
では、どうすれば楽に、そして誠実に生きていけるのでしょうか。
大切なのは「価値観が違う」かどうかではなく、
違いがある前提で、歩み寄ろうとする意思があるかだと思います。
経験が少ないから、こんなふうに考えるのかもしれません。
でも、経験が増えるほど「諦め」ではなく「対話」を選べる人は、
きっと強くて優しい人なのだと思います。
価値観は、切り捨てるための言葉ではなく、
理解し合うために使われてほしい。
そう願いながら、今日も人と向き合っています。
